正しい雄の在り方とは

亀成園の鶏たちは雌雄混合で、2種類の鶏が30羽ずつほど平飼いで暮らしています。個体を区切らず好き勝手にさせているので、家畜小屋というよりは鶏たちの学校のような有様です。風通しがよく湧水が流れ、砂浴びが自由で緑に囲まれたなかなかの環境ですが、学校のようなところではいろいろなことが起こります。個体によってせかせかしたのもおっとりしたのもおれば、気が短いのも怖がりなのもおります。多分どんな生き物でもそうなのでしょうね。隔離していると気付かないかもしれませんが、鶏でもちょっとした小競り合いは起こるのです。雄同士の勢力争い、雌同士のつつき合い、古株と新参者の争い、迫る雄に逃げる雌、などなど。一番激しいのは気候変動があるときに強い雄同士がナンバーワンをかけて戦う闘鶏です。以前暮らしていたことのあるフィリピンでは人が雄鶏をトレーニングして、博打としての闘鶏がよく行われていましたが、平和に暮らしてほしいと願う日本のど田舎でも鶏自身が闘うとは、びっくりしました。戦士に鍛える必要はないと思いますが、戦いたいのはサガなのでしょうか。雄の価値を考えます。


鶏のオスはただでさえ価値の低い存在なのです。なにせ卵を産みません。それに鳴き声がやかましいし体躯も大きくてエサ代がかかります。雌鶏は半年くらいすると雄がいなくても産卵するのですから、雄鶏のいない養鶏場も多いです。有精卵ではなくなってしまい、孵化には至らないのですが、もともと食べるための卵がほしいだけなら、雄は全く不要なのです。だからヒヨコの時点で雌雄判別が行われ(日本人の誇るべき資格ですね)、ヒヨコを購入するとき大体メスは300円くらいなのに対し、オスは50円とか、おまけでついてくるとかです。貰い手のなかった雄鶏は数か月で若鳥として食用になります。そのおかげで松阪鳥焼肉も焼き鳥もフライドチキンも美味しく食べられるので、雄鶏には人にとっては十分に価値があるのですが、彼らの生きていく価値はどこにある。雄なんて要らないのか。この世は女の天下なのか、と悲観的に盛り上がってきたら、下の写真をご覧ください。





世話人(亀成園園主)が毎朝夕エサをあげに行きますが、餌箱に入れた瞬間鶏たちは寄ってきます。餌を入れる前から腕に飛び乗ってくるのもおり、群がり方はもうバーゲンセールや限定特売に殺到する女性そのものです。素直でたくましくて可愛いなぁと思います。そんなメスたちを押しのけて自分も餌に飛びつくのは優秀なオスではありません。淘汰対象となります。いい雄は雌鶏たちが一所懸命がっついている間、見張りをします。平和な鶏舎で敵もいないけれどそれでも見張りができるのが男の価値で、雌鶏が一しきり落ち着いてから悠々と食事にする余裕があります。大体そんな雄は身体も大きいし声も大きいし長く響きます。生き物の世界でも人間の世界でも、リーダーの雄だけに価値があるのでは勿論ないのですが、雄が多くて争いが起きるときや雌が困るとき、己の欲に従うのではなく自制心を働かせて雌を守れる雄には価値がつくというのが鶏を飼っていて納得したことの一つです。



こちらは烏骨鶏たちです。おでこにでっぱりのある真ん中あたりにいるのがこの群れの雄で、エサを食べる雌たちの真ん中あたりにおり、自分は食いつかずに辺りを見回している様子です。ああ、この雄なら是非居て欲しいものだと思いますね。


実際のところ鶏舎にイタチなりキツネなりが浸入してきたとしたら、いくら鶏の中では優秀な雄鶏でも、一羽二羽で群れ全体を守るなんてことはできません。圧倒的な弱肉強食のランクがあり、鶏はとても弱い生き物です。それでもいい雄は逃げずに群れを守ろうとするでしょう。危険にいち早く気付き、大きな声で知らせてくれたら世話人に伝わって皆が助かる可能性はあります。声が出せる雄がビビりだとまず話にならないのです。我が家では多分優秀な番犬がいるため侵入者にやられることはほとんどありませんが、この番犬にしたって怖がらずに果敢に向かっていくから優秀とされるのです。ヘビは苦手ですけれどね。つべこべ言わずに与えられた役割を果たす価値というのは確かにあって、自分の役割が何なのかわきまえていることがどの世界であってもいい男の価値になるのでしょう。男に限らないかな。とはいえ女性の価値観はそう単純ではないので、雄に象徴して述べると、身内だけでなく世間に認められるには役目を果たすことが肝心です。役目もそう複雑ではなくて、察する守る屈しない、くらいでしょうか。複雑ではないけれどとても難しそうですね。


そんなことを踏まえ、亀成園はいい雄の養成に取り組んでいます。あくまで鶏の話でした。

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