指針のある子育てに挑んで その①

多くの人がそんなに予習をしないまま、勢いで親になってしまうものだと思います。もちろん事前に相当勉強していたり、明確な意識やプランがあって本番を迎える人もおられるでしょうが、そうしなければ親になれないというわけではありません。動物のように本能でなにもかもうまくできるのが一番でしょうが、頭でっかちで多感な人間を長くやっていると、そうもいきません。自分が育てられてきたように、と信じられれば一番スムーズでしょうが、なかなかそこまで素直にもなれないし、第一物心つく前にどう育てられてきたかなんて覚えているはずもなく、聞いたところで時代も違うし環境も違い、まったくなぞれるわけではありません。ましてこの情報社会で孤立しがちな新米母親及び父親は、何を指針に子供と向き合っていけばよいのでしょう。ほんとに無数の二律背反する意見があり、コロコロと変わる「子供にとっていいこと」が謳われる中、私のスタンスは何か、この10年近くずっとずっと考えてきました。こんなに考えまくってきたのでつまり、ちっとも一貫していたわけでなく、散々悩みぬき、試行錯誤を繰り返し、ああでもないこおでもないと無様にのたうち回ってきたけれど、ようやく指針と言えるかな、というところにたどり着いていることに気付いた、というぐらいです。きっと一般より遠回りをしてきたと恥ずかしい限りですが、だからこそつかんでこれたものもあるかもしれません。

3つあります。

シュタイナー教育と、佐々木正美先生と、抱っこ法です。

それぞれこれからじっくり紐解いていきたい大好きな深い優しいことがいっぱいなので、ゆっくり書いていきたい次第ですが、ざっくり触れてみます。

バラバラな三つの共通していることは、親や社会の都合ではなく、子供の気持ちや発達を最優先して考えている、ということです。育児書を書くのも読むのも広めるのも当然大人なので、多くの育児書は大人目線であることが、読んできてときどき突き当たることの一つです。もちろん育てる側にとって有利な情報はありがたいこともあるし、目立つ情報であるためには経済効果が必要であるんだろうし、近年は働くママが主流になっていて発言力が高いのは「両立」させている彼女たちであるので、情報は素敵なママが主体であるようになってしまいます。ママがいきいきしていれば子供は嬉しいのは事実なので、悪いことではないのですが、それらすべては私が求めていたこととは違いました。私はただ知りたかったのです。自分と出会ったかけがえのない子供のことを。なぜこの子はこんなにも泣きわめくのか、なぜ不可解な遊びにかくも熱中するのか、どうやって得意不得意が決まってくるのか、どうすれば一緒に心地よく暮らせるのか。親目線でなぁなぁでやり過ごすわけにはどうしてもいかなかったのです。それで納得できるほど、私は忙しくなかったのです。

まっさらな頭と心で子供をじっと観察していればわかる、という人もいるようですが、頭でっかちで心混乱しがちな私には導いてくれる光が必要でした。ものすごく沢山の情報の中から取捨選択を繰り返しながら、それでもなんだか導かれていくように探っていきました。情報社会であったことに感謝です。

私がたどり着いたのは、そう革新的なことではないのかもしれません。それでもブレずにここを指針とするのはかなり勇気がいったので、もしかしたら価値のある話、なのかもしれません。子育ての海でおぼれないために、見事に七つの海を越えて宝物を探すために。

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