与えすぎないのも愛情

親をしていると、子供からの要求はキリがありません。おやつほしい、喉かわいた、玩具買って、連れて行け、ちょっと待って、見つからない、、、

出来る限り応えてやりたいのはヤマヤマであるし、些細なことは叶えてやっていいと思うし、与えたものに満足してくれるならこちらとしても悪い気はしません。

ただし子供は悪気なく移り気なものなので、欲しいものが次々に変わって、いつも新しいものを欲しがっているようです。

あんなに喜んだのにすぐ投げ出して。せっかく探してまで買ってやったのにすぐ飽きて。そんなことはちっとも珍しくありません。

手間かけてこしらえたご馳走も一時のこと、一大イベントで出かけた遊びもすぐ終わってまた次の要求につながる。

そんなもんです。

私は子供が生まれてみるまで、育児を学んだことがちっともなかったのですが、国学という分野で少し勉強した貝原益軒という江戸時代の学者さんがチラリと記していたことでずっと参考にしていることがあります。

「子供には三割の飢えと寒さが必要である」

今じゃ読んできた育児書を積み上げれば悠に背丈は越える程もあり、理屈も理想も実践も失敗も壮大な絵巻物になる程ありますが、初期に上記の一文を頭に入れておいたのは、我ながら恵まれていたと思っております。

小さな子供がお腹を空かせていたり、寒がっていてはどうしたって可哀想なので、大人としてはすぐに手を差し伸べてあげたくなります。確かに飢えと寒さはダイレクトに不健康につながってしまう怖さがあります。現代日本で凍死や飢え死には遭難でもしなければ起こり得ることではなくなりましたが、世界を見渡せばそうでもありませんね。そして私も飢えと寒さはホントに苦手です。願わくば避けて通りたいものです。

でも、全く避けるより三割は経験しておくべきだと説かれているのです。逆に言えば、七割満たされていれば大丈夫、むしろいい、と。

確かに、お腹が空くからこそ食べた時が一層幸せで美味しさも増すし、寒いからこそ暖かさが有難く、どうすれば暖かくなるかの工夫もあるような気がします。南の国に滞在していると、人々ののんびりした雰囲気に包まれて心地よいものの、のんびりし過ぎて工夫のない彼らに不安を感じることもあるのです。年中裸同然で暮らしてよくて、作物も容易に育つなら、衣食住の試行錯誤は随分と楽チンですね。やはりやはり羨ましいです、正直。

それでも私が自分や子供には望むのは、南国で気楽に暮らすことだけではなく、どこにあってもたくましく楽しく生きていくことなので、飢えと寒さと上手に付き合っていく知恵を一緒に探り続けていきたいです。

与えすぎてはいませんか? 守りすぎてはいませんか? どれだけ与えても一時のことです。それより一生子供を守るためにできることがあります。

たくましく賢く思いやりを育てようとすること。

いくら口を酸っぱくしても、たくましくも賢くも優しくもならないけど、しっかりお腹を空かせて寒いなぁって経験は、細胞を目覚めさせ、もしかしたら想像力を通して思いやりまで育んでくれるかもしれません。

どうしても飢えさせ、冷えさせればいいと言っているわけではないのですよ。七割は確保しておいてあげねばそりゃ可哀想ですから。

でも、冷えた後の温かいココア、泳ぎ疲れた浜での焼きそば、雪遊びの後のお風呂、山登りをてっぺんまでがんばった後のお弁当、そんな鞭と飴を思い出すだけで、私の心も身体もなんだか嬉しくなります。

ちょっとお腹空いても寒くても、もう少し踏ん張れる力があれば、きっとどんなことがあっても乗り越えていけるのだと思います。信じる力、待つ力、先を見据える力、そんな育てるのが途方もなく難しいような力をいつの間にか育ててくれるのが、このような経験ではないでしょうか。

私もまだまだ途中です。けれど、この道が好きです。

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