チョウチョウひらひら

器用ですばしっこい次女は、野原をピョンピョンしているかと思いきや、すかさず蝶々を捕まえることがあります。いくら虫取り網を振り回しても蝶々を捕まえることなんてできなかった私は啞然としますが、特別な一回きりの出来事でもなく、わりとヒョイと捕まえるので、できる人にはできるのでしょう。息子もたまに捕まえますが、羽をつかんでしまったり、扱いは雑なので、まだまだですね。いずれにせよなんだか憧れていました。

小学生の頃に毎年遠足で訪れていた昆虫館は、生きた蝶々の温室が目玉でした。二重扉を開けたら蒸し暑いジャングル部屋で、そこにおびただしい、と子供心に見えた蝶々のおかげで私はずっと蝶々が苦手でした。図鑑とか標本で見ると目が怖いし、粉々の羽も綺麗というよりは不気味だし、飛び方もふらふらしていて格好悪いし、と苦手な理由はいくらでも付けられました。

なのに次女は前からチョウチョが好きで、素晴らしい絵を描いていました。

なんだか蝶々を見直す気になって、切り絵にしてみたり、工作のモチーフにしてみたり、敢えて蝶々に挑戦していきました。大袈裟ですが、だいぶ気持ちを奮い立たせなければ苦手意識に負けそうだったので、このくらいの気合は要りましたよ。甲斐あって、モチーフにすると魅力的な存在なのです。器用とはだいぶ遠い私でも可能な形を探し、模様を付け、小さく飛ばしてみます。あぁ、なんだか楽しい。地球に蝶々がいてくれてよかった、とまどみちおさんの詩を思い浮かべます。

いつかは私も捕まえてみたい、の願いが急に聞き遂げられたのです。自転車で近所を走っていて道端に黒い物が落ちているとよく見てみたら、大きな蝶々でした。あまりに道路のど真ん中だったので、ほっておけば間違いなく引かれてしまう。どうせなら土のそばに。頭でいくつも言い訳を重ねながら、つまんでしまったのです。

持ち帰った蝶々はほとんど動かなかったのに、花の蜜をあげてみて、植木に止まらせるとしばらくして動いたのです。飛ぶようにはなりませんが、ファサ、ファサ、と動いたのです。

生命で遊んではいけないし、わざわざ捕まえるのは間違っているのかもしれません。それでも一時すぐそばで跳ねてくれたこの蝶々は、私にとって、小さな子供たちにとって、触れて関われた生命で、貴重な経験だったと思うのです。息子の身体を這い登ってもくれました。まだ力加減のわからない一歳半の娘は喜びながらも手荒く扱ってしまい、目を背けたくもなりましたが、日々虫に触れ、機会あれば捉えて観察したい息子はなんと丁寧に接していたことでしょう。

エゴにすぎないとは知りつつ、やっぱり感謝です。今頃はアリの巣に運び込まれてしまったかな。また巡り巡って羽ばたくことを信じています。

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