コミュニティスクールとはなんぞ

子供たちの小学校は驚くほどの少人数学校です。各学年数人で、全校でも20人ちょっとで二学年ずつの複式学級です。近隣の学校も各学年20人未満の一クラスで決して多くないのですが、それでもずば抜けてちんまり規模ですね。私の故郷の市にも各学年5、6人という学校があるとは聞いていましたが、結局交流したこともなく、山の向こうの話でした。学校も2クラスずつで、もっと多ければ面白いのかなと多く広く遠くに憧れがちでした。それが今じゃここの小さな学校こそが子供たちには理想的と確信するのだから、何が転ぶかわかりません。

とはいえ小さな学校はいつも危機感でいっぱいです。危ない人とかいじめとかとは無縁ですが、次に生徒は入るのか、という深刻な問題ですね。子供一人一人は人類の宝というし、中国の一人っ子たちは父母祖父祖母の一粒宝で大事にされまくっていますが、この地域はもっと顕著かもしれません。一体一人につきどれほどの近隣の大人の注目があり、見守られまくっていることでしょう。大阪にいるときも小さな子供三人で必死こいてたら、「いつも見てるねんで」と優しく声をかけてくるおばちゃんがいたり、もちろん電車でみかんをもらったりということはありましたが、ここではもっと次々に手が差し伸べられます。「子供の声を聞くだけで元気になる」「子供が来てくれて元気に育ってくれて嬉しい」、本心からの言葉は産み出した身には何よりありがたいです。

そんな地域で小学校2校と中学校1校が今年度から「コミュニティスクール」という制度を取り入れることになりました。学校を教育委員会と先生の一方的な教育を与える場にするのではなく、地域の人々からも学び、共に子供たちを育んでいこうという制度らしいのです。らしい、とははなはだ心もとない言い方ですが、制度をはっきり捉えている自信がないだけで、私もこのコミュニティスクール(CS)ボランティアとしていち早く活動しているのですよ。

CS制度になる以前から、この学校では毎年伝統の和菓子「でんがら餅」を作ったり、二年に一度高学年が埴輪作りを教えてもらったり、学校の田んぼも地域の人が貸してくれ管理してくれているものだし、漁業組合の方に川魚の放流をさせてもらったり、既に地域に根付きまくっている学校なのです。とはいえコミュニティスクールになることで地域が更に連帯意識を高めたり、辺境の不便な学校ではなく、自然にも人にも教育環境としても恵まれた学校としての認識が広がることは、人の流れを変えるにも必要な制度利用になるはずです。まだどうにも模索中、でもきっといい流れに乗っている、そう信じて力を合わせていきますよ。

私はこの地域ではほんとに新参者で、まだこれといった基盤もなく、どっしりとした力はこれっぽっちもありません。でも上の子が大好きな学校にちょっとでも役立ちたいし、下のおチビが安心して通える学校を全力で守りたいです。今の小学校は建物も真四角でなく気持ち良い作りだし、周り中ぐるりと山で風通しがよくて、大きな鯉が泳ぐ池もあるし、夢に描いたような学校なのです。もとは近くの人の土地だったそうですが、学校を建てるためにゆずってくださりそれまでより高いところに広々と建てられたそうで、学校というのはつくづく地域に支えられているものです。だから開けた学校であるのは当たり前なのに、なかなかそんなところは少なくて、防犯もさることながら、学校のための学校になりがちです。コミュニティスクールというカタカナを拝借してきてでも、学校が当たり前の開かれた場になる、その過程を一緒に体験できるのはなんと有難いことでしょう。

子供たちは早速地域の方に布草履作りを教わったり、林業体験をしたり、もう一方の小学校との交流も頻繁になり、開かれた学びを存分に味わっているようです。私は微力ながら図書室ボランティアとして読書啓蒙活動をしています。媚びずに押し付けずに子供たちにと良い本の橋になるのは思っていたよりもハイレベルな仕事で、なかなか成果上がらずですが、堂々と図書室に出入りし、新しい本の発見にわくわくしております。

限られた人数の学校、地域だからこそ、人から人へ感動が伝わりやすい。そんなことがこれから次々起こってくればよい。それこそコミュニケーションの最良たるものかな、そんな未来を描いています。

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