お日さまの田んぼ

一週間ほど前、お隣さんの田んぼに稲が植えられました。4月半ばからずっと地ならししたり水の試運転というのか様子を見ていたり、毎日遅くまでなにやらかにやら作業しまくってはったので、ひと安心です。5月といえばお茶や豆も大事ですが、田んぼを持つひとにとってはなによりの関心事ですね。一面に張られた水の下にはおたまじゃくしやイモリやら水の生き物の住処になり、許可を得て水ごと少しすくってみると、予想より遥かにいろんな生き物がいました。昔よりは多様性は失われているようですが、過去を知らない私には十分楽しいのです。これから稲がすくすく伸びていくのも楽しみですよ。日に日に緑の量が増えていきます。日照りに負けず、風にも負けず、実りの秋まで頑張ってくれますように。

目の前の田んぼは幸い今年も使われることになりましたが、そうはならなかった田んぼもまたあります。幾つもの田んぼを管理し、維持するのはたぶん思っているよりも大変なことで、毎年続けていても止めてしまう人も多くなりました。水を張らなくなった田んぼは放っておくと草はボウボウだけど枯れたかんじの原っぱになってしまい、なんだか寂しいかんじになります。爽やかな野原になればまた気持ちの良い場所になるのですが、ずっと管理してきたところがすぐに自然っぽくなるわけはなく、哀愁漂い続けてしまうわけです。草刈りだけでも大仕事なので、最近はソーラー発電地にするケースも増えました。

エネルギー問題は30年前から盛んに言われており、バイオマス発電やソーラー発電などの代替エネルギーが一気に増えてきたのは人類の進歩と言えるはずなのです。私もソーラー発電は未来を生きる人間の義務と考えているし、爆発的に増えたソーラーパネルにうっとりしていいのかもしれません。でも、なんだか寂しいのが本音なのはどうしてなのでしょう。

ソーラーパネルが増えれば増えるほど、必要なのは電気と金だ、という考えが臭ってきてしまうのです。景観でも食べものでも生き物でもなく、電気と金が未来を支えるのでしょうか。そうかもしれないけど、それだけじゃないだろうと緑の好きな、生き物の好きな私は小さな反骨精神を膨らませてしまうのです。

私にも大きな土地と投資力が今すぐあれば、敢えて自分も飛び込んでみて、ソーラーパネルの下を有効活用できないか試してみたり、太陽温水器を作って節電したり、なんだか散々試した上で発言できるのに、まだ力及ばずなのが情けないです。このまま好きな田んぼ風景はどんどん消えていってしまうのでしょうか。水のめぐる場所が減り続けてしまうのでしょうか。

やはり我が亀成園にも田んぼがほしいものです。もちろん夢は合鴨農法ですよ。米とドジョウがとれ、可愛く美味しい合鴨たちが育つ自慢の田んぼが欲しくて欲しくてたまりません。間に合いますように。何もかも経済に飲み込まれてしまう前に、守られていてほしいです、生き物の場所が、夢が育つ農地が。

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