あなたの名前はなんですか?

ル・グウィンの書いた壮大なファンタジー、「ゲド戦記」のシリーズで出てくる大賢人たちがどうして大賢人たるかといえば、彼らはモノの名前を知っているからです。魔法使いとしての驚きの術よりずっと価値があるのは、モノの真の名を知り、あらゆるものとつながりを持てることです。どんなものにも通常使われているのとは別の真の名があり、ここでの人々も通称と真の名の両方を持ち、余程の事がない限り、真の名を明かすことはありません。だって知られてしまうのはとても危険であるから。私はいつも勇者の立場より魔法使いに惹かれてしまうタイプなのですが、ゲド戦記の魔法使いたちはとりわけ言葉を重視した賢人であることにグッときてしまいます。正しい言葉を重く用いるのは並大抵ではないことは身に染みておりますから。

日本でも昔は「言霊」が当たり前に信じられており、女性は家族や夫となる人にしか名前を明かさなかったそうですね。だから私たちは古の女性たちの本当の名前は知ることがありません。そう思うとぐんと神秘的になってきます。少し古いですが漫画の『陰陽師』でも、うっかり名前を明かしてしまって魔物の言いなりになってしまうというシーンがありました。それほど自分の名前というのは秘密にする必要かつ価値のあるものだったのですね。今では自分の名前を誰にも秘密にしている人なんていませんね。ペンネームやハンドルネーム、芸名などは使われますが、小学校の教室で名前を隠すことなんてできません。毎日毎日名前を呼ばれたらお返事しなくちゃいけません。もちろん世界のどこかにはまだ秘密の秘密の名前を持つ人がいるかもしれないし、それはすごく興味深いことなので、改めて想像してみたいと思います。

今私の頭を占めているのは、雑草の名前です。

あ、なんだ、そんなこと。きっと食べられるやつですね、と思ったら半分正解です。食べられないやつも知っておかなければ片手落ちですからね。雑草に限らず野菜でも木の実でも魚でもなんでも、食べるには名前を知っておく必要があります。外国の市場でなんとなく名前がわからないまま食べて、それなりに美味しかったものもあるにはありますが、名前を知らないままではもう探すこともほとんどできないし、味の印象もどんどん薄れていくような気がします。確かに食べたことのあるあれそれ、ああもっとちゃんと聞いておけばよかったと思っても後の祭り。言葉に大きく頼る身である以上、モノの名をもっと意識せねばいけなかったと反省です。

とはいえ外国語をどんどん覚えるのは私には難しかったので、安心の祖国で実物を何度も確かめながら、じっくり五感で学んでいっております。たとえばイタドリ、フキ、スギナなどいまではすっかりおなじみになりました。ヨモギ、ドクダミすら使えなかった頃と比べ、ワラビも見つけられるようになった今は大進歩と言ってもいいです。畑の脇にどんどん生えるウドも知らなければ食べ方を工夫することもなかったでしょう。ちょっと口寂しくなったらスカンポ(俗称らしいので人によってイメージするものは違うかもしれませんが)をすすり、ノビルを見つけるとウキウキしてしまい、ハハコグサの食べ方に悩むようになりました。食べるのは前提でいかに食べようかと悩むのはタンポポの葉やノエンドウなんかもですね。それぞれに向き合い、何通りもの食べ方を試みてみるのはちまちまとした苦労は多いけれど、楽しいものです。

こちらイタドリは群生といってよいほど生えまくっています。ぽきんと折れる音も楽しいのでつい採ってしまいますが、皮むきはまだ慣れず、廃棄部が多くなってしまいます。水につけておいてお揚げさんと煮るのがお気に入りの食べ方ですよ。ものすごく煮崩れしてぐちょぐちょになるのでまだまだ工夫が必要なところもなんだか好きです。先っぽは天ぷらにするのが長女のお気に入りです。

子供たちも一緒に散歩をしていて覚えたものはすぐに触れ、次々に見つけてきます。知らないうちは通り過ぎてしまうだけだったのに、一度名前と「食べられる」ことを覚えると、おもしろいように仲良くなるのだからすごいものです。食べられないけれど「マムシ草」も最近よく見かけるので覚えたものの一つです。つぼになっているところに虫が入って捕まるのか、息子はじっと目を輝かせて見ていますよ。

草の名前がしりたい。鳥の名前が知りたい。そうすれば広がる世界があるのを知っているから。虫の名前も知りたい。木の名前はもっと知りたい。気になる木がいっぱいあってもどかしくてならないから。焦らずじっくりじっくりあらゆる名前を消化していくと、私も魔法使いになれるかな。虫刺されに効く草、不眠に効く花、この鳥を見かけると何かが起こるとか、この木があれば近くに何があるとか、きっとものすごく科学的であるけれど魔法のような知恵を自分の内に蓄えていき、未来では魔女のようなお婆さんにあることが私の理想的目論見です。

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